平野 敬子さんのおすすめデザイン
「関数標本」山中俊治

子供の頃、標本が好きだった。鉱物の標本、貝殻、昆虫の標本など、四角い小さな箱に多様な個性が詰め込まれ、自然の造形物が整列した標本の神秘の世界に魅せられて、買い与えられることのみならず標本造りに没頭していた。デザインコレクションコーナーの平台で出会った山中俊治さんの「関数標本」を手に取り、標本が好きだったという大切なことを思い出した。


山中俊治さんの「関数標本」は様々な気づきを与えてくれる。物理の秩序の視覚化によって「法則は美しい」ということに気づき、標本の精緻な仕上がりによって「技術は美しい」ということが感じられる。優れたデザイナーはパートナーとなる技術者たちのモチベーションを高めることができるが、この標本の難易度の高さを考えると、製作者たちとの信頼関係がうかがい知れる。わずか10センチ角足らずの小さな存在から、様々なイマジネーションが湧き上がってくる。「関数標本」の存在は偉大だ。


デザインは機能が前提であると考えている。そして機能以前に目的があり、目的意識をもってデザインは開発される。「カレンダー」は日や曜日を認知するために、「鍋」は調理道具としてデザインされる。では「関数標本」の機能や目的、存在意義はなにかと考えると、数式の法則を視覚的に量的に認識できることで、数式を見てイメージできない人たちにも数式の美しさが感じられ、物理学や数学への理解や関心が進むだろう。感じるという機能があり、感性に訴えかけるという目的がある。


イマジネーションの欠如が、社会を貧しくし、弱体化させる。情緒教育のために「関数標本」があれば良いと思う。


*こちらの文章は日本デザインコミッティー主催、第782回デザインギャラ リー1953企画展「私の好きなデザイン2023」より、ご本人の了承を得て掲載しています。

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PROFILE

平野 敬子

デザイナー / ビジョナリー
コミュニケーションデザイン研究所所長
1980年代よりビジュアルアーティストとして活動を始める。1997年 HIRANO STUDIO設立。2005年に工藤青石とともにコミュニケーションデザイン研究所(CDL)を設立。